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栃木の町並み・その1

大笹牧場の牛たちに別れを告げて、次に向かった先は蔵の街、栃木。江戸時代に巴波川(うずまがわ)の舟運や宿場町として栄えた栃木市。今も蔵や商家が残り、往時の面影を色濃く残す町。着いたのは4時をすでにだいぶまわっていたので、資料館などの見学は限られたけれど、ノスタルジックな町中をカメラぶら下げて散策するだけでも楽しいです。

岡田記念館・代官屋敷
550年の歴史を持つ旧家・岡田家(現当主は26代目)の蔵や、江戸時代に畠山氏の本陣として使われていた建物、栃木で初めての理髪店(明治時代)などが保存されている。
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岡田記念館・翁島別邸
周囲に水路がめぐらされ、さながら島のように建てられた岡田氏の別荘。大正13年に贅をつくして建てられた。
Photo_7 Photo_8 Photo_9 Photo_10 Photo_11 Photo_12 Photo_13 Photo_14 Photo_15 Photo_16 緑が美しく、静かだったけど、蚊がすごかった。

例幣使街道
岡田記念館代官屋敷の前を通る例幣使街道。徳川家康の没後、江戸から日光まで御幣(お供えもの)を持った例幣使が通った道。
 今も古い家並みが点在している。
1_2 2 写真ばかり撮っていたので、膨大になってしまいました。本当はもっと大きく載せたかったのだけれど、是非クリックして大きくして見てください。表通りの商家や、川沿いの風情はまた明日。

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夏休み(最終日・その1)

手白澤3日目の朝。前夜の星空が呼んでくれた青空。レインギア、準備万端で山に来たけど、今回は幸いにも使用しないまま終わりそう。Photo Photo_2
Photo_5 最後の朝の朝食ももちろん、最高でした!毎日朝晩必ず岩魚(しかも大振りの)が供されますが、この日の朝食は燻製のマリネでした。さっぱりとした味付けがおいしいです。ごはんにもパンにも合いそう。ここの食事は地のものを使った宿の手作りで、妥協がありません。本当においしかった(おかげで体重がまた少し戻りました・・・泣)。
 最高のお湯はもちろんだけど、宿の方々の素朴な人柄と宿のこだわり(食事やしつらえ、TVや余計な設備を作ったり置かないこと)、つかず離れずのもてなしがとても好きです。大好きなクロもいるし(笑)。また、お気に入りの宿が一つ増えました。来るのはちょっと大変だけど、ここにはまた来ます。「いつまでも変わらないでくださいね」とだんなさんに話しました。
 というわけで、お名残り惜しいけれど、居心地最高の手白澤温泉に別れを告げて、いざ出発!
Photo_8 宿からすぐの道で動物の足跡発見!ひづめっぽいから鹿でしょうか。「ちょっと前にここを通っていたんだ!」と想像するだけでわくわくします。
Photo_9 Photo_10 帰りは来た道を戻ります。日が差し込む明るい森の中を歩きます。
Photo_11 Photo_12 前を見るだけじゃなく、足元もきれいなものがいっぱい。宝箱のような山の中です。
Photo_13 Photo_14 前夜の雨の後も、渓流は澄んで、美しいです。カツラやブナがきれいな林の中を歩きました。Photo_15 Photo_16
2 のんびり歩いて、車を置いた女夫渕へ戻りました。さあ、これからどうしよう(笑)。日光や奥日光へは何度か行っているので、行っていないところ、ということで、まずは霧降高原近くの大笹牧場へと向かいました。そこで、牛を見て、お昼食べて、牛乳飲んで、ソフトクリームを食べようということに。
 
ちょうどお昼ごろ、牧場到着。大きな観光牧場なので、観光客がたくさん。まずは腹ごしらえ、ということで、ダンナの提案でジンギスカンを食べました。ラムは本当はちょっと苦手ですが、ありがたくいただきました。家族連れやカップルで結構混んでいPhoto_22ました。ダンナはやっぱり焼き方がヘタでした(笑)。 食後はブラウンスイス牛の牛乳と濃厚なソフトクリーム。これで太って帰らないわけがありません(笑)。でも、いいんだ。せっかく来たんだもの。めったに来られないんだもの。迷わず食べます(笑)。
Photo_23 Photo_24 おなかもいっぱいになって、放牧地の方を見に行くけれど、霧が深くて前が見えません。牛の姿もほとんど見られません(ここの牧場はものすごい広大なのです)。
Photo_25 牛舎の方に行ってみたら、ブラウンスイス牛がいました。かわいい顔をしています。ダンナの実家は昔牧場を営んで、牛乳を作っていたので、ダンナも牛が好きです。1 Photo_26
標高の高いこの牧場は霧に煙って寒かったです。夏も本当に終わりなのですね。
 ダンナの背中にトンボがとまりました。
Photo_28 牧場を後にして、次に向かったところは古い町並みが残る栃木市。以前車で市内を通りかかったものの、時間がなく、立ち寄ることができなかったので、この機会に散策してみることにしました。明日に続く・・・。

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三太がくれたプレゼント(旅行二日目)

Photo 手白澤二日目。6時起床で、さっそくのんびり朝風呂。予想どおり、この日は朝から雨。お天気ならここから片道3~4時間のところにある日本でも最高所の湿原、鬼怒沼へ行こうと思っていたけれど、このお天気では行っても霧で何も見えないだろう。雨なら、宿でのんびりしようと決めていた。おっとりとした人の良さそうな宿のだんなさんも(仕事の知り合いによく似た風貌)「のんびり過ごすのもいいんじゃないですか」とその過ごし方を奨励する(笑)。「きっと三太も、今日はゆっくり休みなよ、って言ってるんだよね」と解釈する(笑)。

 朝食。山の宿らしく、朝食は早めの7時半と決まっている(早発ちの時は前夜までに予約をすれば、朝食もお弁当にしてくれる)。岩魚の甘露煮がすごくおいしい。お昼ごはんは前日にお願いしておいたお弁当(おにぎり)。家から持ってきていたマツタケのお吸い物と一緒に。
Photo_2 Photo_3 Photo_4 宿オリジナルの手ぬぐい(もちろん、浴用タオルやバスタオルは別に用意してくれている)。左のだけ500円(画家で作家で手白澤を愛した辻まことの版画)。真ん中と右は300円。東京では一般的にちょっとしゃれた手ぬぐいは800円くらいするのだけれど、安いし、とてもすてきなデザイン。やっぱりこの夏はてぬぐいに縁があるみたい。思わぬ場所で一気にコレクションが増えちゃった(笑)。
 お風呂だけれど、ここは硫黄泉。少し青みがかったうすい白濁のお湯。温度もちょうど良い。湯量が豊富でもちろん掛け流し。洗い場はカランやシャワーの代わりに、温泉が切り株をくりぬいた湯壷に贅沢にもどぼどぼ流れっぱなし。
 食堂には鉄のストーブがある。あとちょっとすればここに火が入るんだろう。館内はあちこちが温泉を使った床暖房になっている模様。
Photo_5 Photo_6 昼寝して、目が覚めると本読んで、温泉浸かってまた昼寝して、目が覚めると本読んで、合間に玄関にいるクロにちょっかい出しにいって(雨でやはり暇のクロはず~っと寝てた・笑)・・・。そんなこんなで一日本当にゆっくりしました。

夕飯。前菜あれこれ(山菜、鹿刺し、湯葉刺し、八汐鱒のタルタル風など)、岩魚の塩焼き、伊達鶏のグリル、デザートはゆずのシャーベット白ワインがけ。贅沢過ぎます。
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 夜になって一日中降っていた雨もやんだ。枕元に置こうとペットボトルに湧き水を汲みに外へ出たら・・・!!
 満天の星空!まるでプラネタリウム!!「満天の星が見れたらいいね」と旅行に出る前に言っていたけれど、まさか本当に見られるなんて!!天の川までくっきりと見えるなんて、本当に信じられない。私もダンナも夢中になって星空を見上げていた。子どもの頃に戻った気持ちだった。二人とも流れ星を見つけた。星が得意なダンナは星座を見つけていた。満天の星空は私にとってこの旅で一番うれしい出来事だった。
 降るような星空を見上げながら、露天風呂に入った。この星空はきっと三太が私たちにプレゼントしてくれたものだろう。三太、うれしいよ。ありがとう!!星を見上げながら、うれしくてうれしくて泣けてきた。

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三太がくれた夏休み(一日目)

25日から3日間、旅行に行ってきた。この夏は年老いた三太を実家に預けて旅行に行くのがしのびなく、旅行はせず、三太と一緒に家でのんびりしようと決めていた。三太が「パパ、ママ、秋は忙しいよね。休みもままならないんだから、夏の間にゆっくりしておいで」(「動物を擬人化しすぎ」と思われるかもしれないけれど、これが私たちの偽らざる心境です)と背中を押してくれた気がする。これは三太がくれた夏休みなのだ。だから、雨が降っても、思い切り満喫しようと思ったし、二人で出かけられるだけで、感謝だった。
 旅の目的地は奥鬼怒の深い山の中、手白澤温泉。昔から一度行ってみたかったところ。けれど、宿にたどり着くには車を置いて山道を2時間半は歩かなければならず、なかなか思い切れなかった。思い切って行ってよかった。

出発の日は朝から大降りの雨だった。「どしゃぶりの雨の山道を歩く旅も、それはそれで思い出深いものになるかもしれない」と腹をくくって、朝7時、出発した。
昼前、一般車両の終点、女夫渕の駐車場に到着。出発地点の女夫渕は明るい曇り空だった。駐車場に車を停め、女夫渕温泉のレストハウスで腹ごしらえ。名物の舞茸のてんぷらそば。舞茸まるまる一株の大盤振る舞い(笑)。量だけじゃなく、味も天下一品でした。
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 鬼怒川沿いを歩き始める。心配していた雨は降りそうにない。三太が守ってくれているのかな。緑がきれい。すすきも穂を出していた。秋の気配を感じる。とんぼがたくさん飛んでいた。大きなヤンマも見た。それはそれは大きくて、とんぼの王様だな、と思う。かっこいい。
Photo_3 Photo_5 渓流は昨日降っていた雨でにごっているかな、と思ったけど、とてもきれいだった。野の花や風景の写真を撮りながら、コースタイムは関係なく、のんびりと歩く。結構きつい上り坂や沢水や雨でぬかるんでいる場所もあって、息も上がっちゃった(笑)。
Photo_10 Photo_11 1時間半以上かかって、奥鬼怒四湯のひとつ、八丁の湯に到着。ここの看板わんこがお出迎え。だいぶお年を召している。脇腹には腹水がたまっているのか、おおきな膨らみがある。また、三太を思い出してしまう。長生きしてね。八丁の湯は客室のログハウスが何棟も建っていて、あまり秘湯の風情はないけれど、本館は昔ながらのムードを残している。昭和60年頃までは電気もなく、ここもランプの宿だったのだ。夏の盛りを過ぎ、宿も人影がなくて、ひっそりとしていた。湧き水でのどを潤して、もうひとふんばり。
Photo_6 Photo_7 八丁の湯からほどなく奥鬼怒四湯でもっとも有名な加仁湯に到着。ここはあまりにメジャーになりすぎて、もはや秘湯ではなく観光地の大型旅館の構え。お湯はとってもいいんだろうけど。ちなみにここには春日野部屋の合宿所や土俵があって、時期があえば、お相撲さんたちとお風呂に入ることもあるらしい(笑)。ここ加仁湯が、奥鬼怒四湯の残り日光沢温泉(ここは純粋な山小屋)と私たちの目指す手白澤温泉の分岐になっている。
 さらに山道を登る。途中、ブナの緑が美しいブナ平に出る。今ももちろんきれいだけれど、新緑や紅葉の時期はすばらしいだろうなあ。
Photo_8 Photo_9 駐車場から道草食いながら歩き始めて3時間。前日に神輿を担いだダンナも相当堪えている頃、ようやく宿が見えた。深い山の中にぽつんと一軒。人工のものは何も見えない、大自然の中の静かな静かな宿。
 ここには看板犬の黒柴のクロがいる。実はこの子に会いたかったのもこの旅のひとつの大きな目的だったのです。クロは期待に違わず、私たちを玄関で歓迎してくれました。君に会えてうれしいよ。
Photo_12 Photo_13 標高1500メートルのここは空気もひんやり。温泉にはもってこいです。極上のお湯が待ってくれていました。硫黄のにおい、豊富な湯量、もちろん、目隠しの囲いもありません。人は通りません。動物には見られているかもしれないけど(笑)。大自然の恵みです。荷を解いて早速お湯に飛び込めば、山歩きの疲れも吹き飛び、出るのは歓喜のため息です(笑)。写真は女性用の浴室と露天風呂です。ここは6室しかない小さな宿で、3日間、お風呂は貸切状態でした。
Photo_14 Photo_15 食事は和洋折衷の創作料理。新鮮な山菜や宿の湧き水の池に放してある岩魚や栃木牛を使った手作りの心づくしのお膳です。お客さんの進み具合の見ながら、出来立ての料理を出してくれます。深い山の中でこんなにおいしい料理を出してくれるのも、小さな宿ならではのこだわりでしょう。どれもこれも絶品です。
Photo_16 Photo_17 Photo_18 Photo_19 Photo_20 こんなにおいしい料理と極上のお湯を味わうのは、山の中を2時間半以上歩いてこの宿を目指す物好きな人たちだけの特権。TVも置いていません。携帯も圏外です。地味な山道は展望がきくわけでもなく、野の花や昆虫、動物や野鳥が好きでなければ、面白くないかもしれません。物好きバンザイ、です!でも、紅葉の頃は相当前から予約をしないと取れないそうです。この宿と付近の自然を愛する人は多いんでしょうね。
 おなかいっぱいになると、ダンナは早々に眠ってしまいました。私は本を読んで、もう一風呂浴びてから、寝床にもぐりこみました。一日よく汗をかいて、よく歩きました。結局、幸いにも雨には降られませんでした。宿のそばを流れる手白沢の渓流の音以外は何も聞こえない静かな夜でした。

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お神輿お披露目・伸び盛りのエネルギー

Photo 今日はダンナは午前中から、50年ぶりの修理を終えた町内会のお神輿のお披露目で神輿担ぎ(本祭礼は来月)。ちょうど私が外出する時にすぐ近くを通ったので、写真を撮ることができた。

 私は、昨日の夜友人から急遽誘われたコンサートを聴きに、新しく立て直されてものすごく立派になった杉並公会堂へ。東京ジュニアオーケストラソサエティ・第9回定期演奏会。N響の第一コンサートマスターの篠崎史紀さんのよびかけで作られたオケで、小学生から大学生までの子どもたちが楽団員。

  曲目 ・ヴェルディ;歌劇「運命の力」序曲  
      ・グノー;歌劇「ファウスト」よりバレエ音楽  
      ・リムスキー=コルサコフ;交響組曲「シェヘラザード」作品35

子どもたちとはいっても、プロの大人にひけをとらない演奏。まだまだこれが発展途上なのだから、将来が楽しみ。エネルギーに圧倒され、情感たっぷりの演奏に聴きほれました。本当にすごく上手だった。若いエネルギー、たっぷりもらいました。開演前には篠崎さんと同じくこの楽団の講師をつとめていらっしゃるN響ヴィオラ・フォアシュピーラーの小野富士さんとN響チェロフォアシュピーラーの桑田歩さんのロビーコンサートもあって、それにもうっとり。
 友達のブログのコメントのやりとりでおなじみになった方、それから友人のお姉ちゃんとその息子さんと初めて会うことができた。これからも、また一緒に音楽を聴きにいければいいなあと思いました。誘ってくれて、ありがとうございました。また誘ってください。よろしくおねがいします!

 明日から3日間、山に行ってきます。駐車場に車を止め、山道を2時間半ほど歩かないとたどり着けない深山の小さな温泉宿です。天気がよければ、二日目には山を登って湿原に行こうかなと思っていますが、どうもお天気が悪そうですね。そうなったら、温泉と読書三昧にしようかと思っています。TVもなく、携帯も圏外です。ただひたすら自然にどっぷりつかってこようと思います。
 三太がくれたお休みだから、雨でも楽しく行ってきます。
    

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最後のけじめ

 昨日の夜、ダンナとふたりでお世話になった獣医さんへ行った。退院時に持たせてもらった点滴や針、処方食、お水を飲ませるためのシリンジ(針のない注射器。大小もらったけど、実際に三太に飲ませるのに使ったのは思い出にいただいた)などを返しがてら、御礼をしに。三太がうちで息を引き取ったのが10日日曜日の夜、翌朝にご報告で先生に連絡をしたけれど、まだきちんとお会いして御礼を言っていなかったのだ。電話連絡の時、「使わなかったもの(使ったシリンジや針は、医療廃棄物なので、家庭ごみでは捨てられないんだそうだ)を近々お返しに参ります」と言ったら、「急がずに落ち着いたらでいいですよ」とおっしゃってくださったので、先生の言葉に甘えてしまった。診察のお邪魔にならないように病院の閉め際に行ったので、他の患者さんもおらず、ゆっくり三太の退院後の様子の報告と御礼をすることができた。
 死に際の様子を先生に話しているうちに、ダンナはまた泣いていた。あの日、三太は入院以来でなかったうんちを初めてした。容態が悪くなる直前のことだ。最後の力をふりしぼって、おなかもきれいにしたかったのだろう。空気を入れ替えようと、窓を開けたら、涼しいいい風が入ってきた。クーラーを切って、窓を全開にして、三太を外の風に当ててあげた。「ほら、三太が好きだったお外の空気だよ。いっぱい吸いなさい」って。その後間もなく息遣いがおかしくなってきて、天に召された。気がつくと、外は雨が降ってきていた。「涙雨のようだね」とダンナと話した。なんだかあつらえたような天気だった。
 ここの獣医さんとは三太をもらってからずっとのお付き合いなので、本当に長い。16年の間には先生も変わったけど、年老いてから診ていただいたS先生は、やさしくて、とても患者思いのいい先生だった。そういう先生に最後を診てもらえて、三太も私たちも幸せだった。獣医さんと犬と犬の飼い主の関係としては、理想的だったと思っている。先生に出会えてよかったです。もうしばらくはこちらに来ることもないだろう。他の先生や看護師さんにも丁重に御礼をして後にしました。
 入院中、獣医さんの帰りに道に立ち寄ってお願いをしていた神社にも報告と御礼のお参りをしてきた。
 緊急入院でお世話になった病院にもご報告と御礼の電話をしようと思う。S先生が「夜に緊急入院したのが、まずはよかったのだと思います。そちらの先生ができうる治療をしてくれたし、引継ぎもスムーズに行きました」とおっしゃっていた。
 
 うちへの帰り道はまた三太のことを思い出して、二人とも無言だった。

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夏の定食屋・その2

おとといの続きです。
Photo 酢豚定食
酢豚(生協のあんと豚肉はすでにできていて、野菜を加えるて炒めるだけ)、おかずいなりの煮物(残り物)、たたききゅうりの梅肉和え、もずくと油揚げとみょうがの味噌汁
Photo_2 鶏ささみの梅じそ巻きフライ定食
鶏ささみの梅じそ巻きフライ(生協の揚げるだけ)、生野菜(キャベツ、ベランダ産プチトマト、きゅうり)、冷やし蒸し茄子のごまだれ、かぼちゃの煮物、大根の浅漬け(西利)、豆腐とあおさの味噌汁Photo_3
鶏もも肉のさっぱり煮定食
鶏もも肉のさっぱり煮、冷やしトマト、ポテトサラダ(総菜屋さんで買いました)、山椒昆布の佃煮、大根と油揚げの味噌汁、卵かけごはん
Photo_4 ゆで豚しゃぶ肉のトマトバジルオリーブオイルソースがけ定食
ゆで豚しゃぶ肉のトマトバジルオリーブオイルソースがけ、オクラ納豆、大根の浅漬け(西利)と母特製甘酢しょうが、じゃがいもとたまねぎとたまごの味噌汁
Photo_5 肉野菜炒め定食
肉野菜炒め(豚肉、キャベツ、もやし、にんじん、ピーマン、しいたけ、たまねぎ)、冷奴、めかぶと油揚げとみょうがの味噌汁

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あつあつ、うまうま

デパートで買いたいものがあったので、ダンナと二人仕事を早めに切り上げて、街に出かけた。
 必要なものをさくさくっと買って、ダンナが「たこ焼きが食べたい」というので、夕飯代わりにデパ地下にあったたこ焼き屋さんに入った。実は先日私が夕飯を作る気力がなくて、近所で食べてこようということになり、ダンナが「お好み焼きがいい」というので、お好み焼き屋さんに入った。そこのお好み焼き屋さんは自分で焼く形式だったので、私は「夕飯作る気力がなくて出てきたんだから、あたしが焼くのはイヤだからね。焼いてくれるんなら、入る」と言って入ったのに、結局ダンナの不器用な手つきを見るに見かねて、私が焼いてしまった。お好み焼きも、もんじゃも、焼きそばも。ただでさえ猛暑の一日だったのに、大汗かきながら。なんじゃい、これなら、もうちょっとがんばって、自分で夕飯つくるんだった、と思ったものだ(お好み焼き、とってもおいしかったから許す)。
 昨日の夜のたこ焼き屋さんはもちろん、ちゃんと焼いて出してくれるので、安心。
 私はカロリーを考え、明石焼だけ、ダンナは明石焼とたこ焼き。たこ焼きは12個入りのを頼んだので、私も3つほど、おこぼれをもらった。たこ焼きも生地がそんなに固くなくて、ふわふわ。明石焼もふんわり。だし汁にどっぷりつけてあつあつを食べる。ああ、本当に幸せだった~!
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夏の定食屋・その1

8月6日まではダンナがずっと出張だったし、私も留守中はダイエットにいそしんでいた(そもそもダンナがいなきゃテキトーなものしか作らないけど・・・)ので、定食屋も夏休みでした。最近はまた開店しております。私は相変わらずダイエットドリンク中心ですが、ただでさえ細いダンナをつき合わせられないので、ダンナ用に作ってます(味噌汁は私も飲んでます。あと低カロリーのものも。あ、振り返るとたまに全部食べてるわ・笑)。前は自分が食べないのに、人のためだけに作る、なんて考えられなかったけど、やればできるもんですね(笑)。材料は安い旬の夏野菜とか、ベランダ産の野菜や薬味ばかりのワンパターンです。
Photo 焼塩鯖定食
焼塩鯖(大根おろし添え)、高野豆腐とオクラの含め煮(前日に煮て冷たく冷やしてあります)、なめこと青ネギの赤だし味噌汁、なすの漬物(西利)、枝豆
Photo_2 ハンバーグ定食
ヨシカミのハンバーグ(生協にて購入)、生野菜(キャベツ、プチトマト、きゅうり)、高野豆腐とオクラの含め煮(残り物)、みょうがとねぎとおかか炒め味噌(母特製)、なすとじゃがいもとたまねぎの味噌汁
Photo_3 いんげんのベーコンのしょうゆ炒め定食
いんげんとベーコンのしょうゆ炒め、蒸しささみときゅうりとカリカリしょうゆ梅(自家製)のマヨネーズ和え、おかずいなり(生協で購入。中味はがんもどきみたいなもの)の煮物、ほうれんそうとじゃがいもの味噌汁
Photo_4 冷やし中華定食

冷やし中華(しょうゆだれは自家製)、かぼちゃの煮物、冷やしトマトのバジルオリーブオイルがけ、枝豆
Photo_5 ゴーヤーチャンプルーカレー味定食
ベランダ産ゴーヤーチャンプルーカレー味(千切りジャガイモ、たまねぎ、ツナ、卵入り)、もずく酢(きゅうりの塩もみ、みょうが入り)、かぼちゃの煮物(残り)、とうふとほうれんそうの味噌汁

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緑色のお客様

店の中のグリーンを何気なく見ていたら、ビックリ。ショウリョウバッタさん、いらっしゃいませ!
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グリーンを外に出した時に一緒についてきちゃったのかしら?
 この後、丁重にお帰りいただきました(笑)。

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ジム再開・残暑見舞い

しばらく忙しくて行っていなかったジムに久々に行って、運動してきた。7月下旬の出張に向けて短期間でカロリーコントロールのダイエットをしたので、脂肪とともに筋肉も落ちていた。久々の筋トレで二の腕と腹筋が痛い。体重は出張に出かけるまでにひとまず最低限目標としていた体重までは落とした(本格的にダイエットするまでうちの体重計が電池切れしていたのでアバウトではあるが、最高に太っていた頃から比べれば、おそらく3キロ以上落ちた)。出張時には三度のごはんとおやつまであったので(夜のお付き合いはほとんど飲み食いしませんでした、私は!)帰ってから体重を測ったら、出張中便秘していた(汚くてすんません)こともあって1.5キロくらい戻っていた。しかし、その後も、三太のことで食べられなかったり、せっかく痩せたのだからもう少し落としたい&維持したいという気持ちもあって、今のところ、出張前よりもさらに減った。ジムで久しぶりに体のあちこちを測ったら、3月の入会Photo時より体重は3.9キロ減っていた。ダイエットしようと一念発起してジムに入った甲斐あり?でもこれはジムでの運動の成果ではなくて、食事制限の賜物なのだけど。体脂肪も2キロ減っていた。2キロは我ながら驚き!ジムに2キロの脂肪の模型があったから(笑)。でもまだまだフィットネス的には減量(体重というよりは、体脂肪を減らすこと。おなかまわり、まだまだ落とす余地があるもんなあ)が望ましいのだ。この際だから、もうちょっとがんばってジムで計算された理想値まであと一息、落としたい。体重が落ちたし、食事もまだ制限しているので、運動したらフラフラになってしまうかと心配したんだけど、心配ご無用であった(笑)。体成分とかも現状まったく問題ないそうなので、ダイエット補助食品も、まずいけど(この味に慣れるということはないだろう)、ちゃんと使えば頼りになるんだなあと思った。ビールも特別な日以外はもう飲んでいません。基本的には断アルコールを続けています。暑い夏だったのに、このビール好きが絶っているなんて、不思議。飲酒はやっぱり生活習慣なんだと納得。

友達からカエルの絵葉書の残暑見舞いが届いた。うれしかった。

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さよなら、三太

三太は8月10日日曜日、午後8時頃、亡くなりました。15歳と9ヶ月でした。私とダンナが見守る中、ろうそくの火が消えるように、静かに穏やかに息を引き取りました。このブログを読んでくださっている方々にはずっとご心配をいただいていたと思います。なかなかその事実を報告する気持ちになれず、時間をいただきました。生前、三太と私たちへのあたたかい励ましにどれほど助けられたかわかりません。三太にもその励ましは届いていたと思います。本当にありがとうございました。

 先週の土曜日(9日)の午後4時に、予定通り退院し、念願のおうちに戻りました。親子3人揃っての水入らずの一夜を過ごすことができました。けれど、それが三太の限界だったのかもしれません。本当によくがんばってくれたと思います。そして、三太なりにすべてのことを考えて、あの日を選んで逝ってしまったんだと思います。出張中の私を待ち、ダンナを待ち、ちょうど帰省中だった妹一家とお別れもできました。息を引き取ったのが、日曜日の夜だったのも、翌日の月曜日の朝までがんばってしまうと、また入院をさせられるかもしれない、と考えたからかもしれません。私たちは三太が心配でこの夏は恒例のささやかな小旅行も行かないつもりでした。うちで三太と少しのんびりできれば本当にそれで良かった。充分幸せでした。でも、三太は「パパ、ママ、もういいよ。忙しい秋になる前にのんびり息抜きしておいで。また休めなくなるよ」と考えてくれたのかもしれません。
 息を引き取ってから、内気な三太のただひとりの親友だったひなちゃんと、ひなちゃんのママにも会ってもらいました。ひなちゃんのママは自分のことのように一緒になって三太の死を悼んでくれました。
 翌日の夕方には区内の寺院附属の動物霊園で亡骸を荼毘に付し、埋葬してきました。人間でいう四十九日に当たる日くらいまで、遺骨を自宅に置いていて、その頃改めて埋葬したら、と言われましたが、遺骨がうちにあるといつまでも泣いてしまいそうなので、その日でお別れしてきました。本当にしっかりとした骨でした。丈夫な子でしたから。

この一週間、三太がいなくなってしまったという事実に少しずつ慣れてきました。子どものいない私たち夫婦にとっては子どものような存在だった三太でした。あまり人なれしない(そこだけは本来の柴犬気質を受け継いでいました)、内気で怖がりで、まぬけで、その上「受け口」で、「犬」という商品としてはまったく売り物にならない子だったかもしれませんが、何もかもひっくるめて、全部がいとおしく、文字通り唯一無二のかけがえのない存在でした。私たちの結婚生活2年目から現在に至るまでの約16年間、生活の中にいつも三太がいました。三太が死んで、最初の3日間は三太のことを思い出してはダンナと三太の思い出を話し合って、泣いてばかりでした。抱っこの感触がまだ生々しく腕に残っていて、三太が同じ空間にいないことが信じられず、思い出しては泣いたりため息をついていました。ボケてからの三太は家の中を徘徊して、狭い隙間にはまりこんでは後ずさりができずに助けを求めたり、ごはんも待ったがきかなかったし、トイレ以外の場所でおしっこやうんちをしてしまったり、夜中に起こされたりで、いつもいつも三太のことが頭から離れず、世話は大変でした。それでもかわいかった三太にあたりこそしなかったですが、そんな世話にちょっとでもうんざりしたことを後悔したりしました。でも、縁あってうちにもらわれてきて、多分、三太は幸せに思ってくれていたと思っています。皆にも本当に愛されました。家族や知っている人からはもちろんですが、年をとってからのさんぽでは、本当にたくさんの見知らぬ人から励ましの声をかけてもらいました。見知らぬ人からの「かわいいね。がんばってね!」という声かけに、私たちも本当に幸せでした。
 いつまでもめそめそ悲しんでいるのは、三太も喜ばないと思います。もうそろそろ立ち直らなければ。今頃三太は空の上でお父さんやお母さんやお兄ちゃんと走り回っていると思います。辛い治療から解放されたんだから、喜ぶべきことなのかもしれません。でも、やっぱり三太がいないうちの中はさみしいです。
 三太、16年間、本当にたくさんの愛情をありがとう。三太に出会えて、一緒に暮らせて、本当に幸せだったよ。きみを通して、犬はもちろんだけど、生き物の存在のいとおしさを教えてもらいました。どうか安らかに眠ってください。そして、空から見守ってね。三太と暮らした楽しい日々は絶対忘れません。いつまでも、大好きだよ。
 ありがとう、さようなら、三太!
Photo_3 Photo_4 Photo_5 Photo_6 Photo_7 Photo_8 Photo_9 Photo_10 Photo_11 元気だった頃の三太の写真もいくつかのせようと選んでいましたが、どれも捨てがたく、結局アルバムにしました。サイドバーからご覧になってください。

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もうすぐおうち

昨日の夜も三太に会いに行った。また少し、元気になっている気がする。おとといの夜は暴れることもなく、静かに眠っていたらしい。「フセ」の姿勢のように、起き上がろうとすることも増えたそうだ。三太、がんばったね!先生から「この調子なら予定通り、明日退院させてみましょう」と言われた。土曜日の診察時間が終った4時頃に迎えに行くことになった。夢がひとつひとつ現実になっている。

 今は土曜日の午後3時少し前。さっき、病院に電話して予定通り退院できるか確認をした。大丈夫そう。ほっとした。昨日慌てて探して頼んだ、三太が快適に過ごせるL.L.Beanのドッグベッドも今朝届いた。これから三太を快適に迎えられるようにうちを掃除して、ベッドをしつらえて、部屋を涼しくしてから迎えに行こうと思う。
 もうすぐきみの大好きなおうちに帰れるよ!本当にがんばったね、三太。

 応援してくださった皆様のお気持ち、本当にうれしかったし、励みになりました。心より御礼申し上げます。これからも、まだまだ色々とあるかとは思いますが、家族力を合わせて、三太を励ましていきたいと思っています。

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ごはん食べたよ!

「三太が少しでも元気になりますように。変な連絡が来ませんように」と落ち着かない時間が過ぎていく。昨日も先生からの緊急の電話はなく、夜、ふたりで三太に会いに行った。三太はおとといの夜にも増して、がんばっていた!!柔らかいペースト状のフードをちょっとだけど食べられるようになったのだ!!私も先生にすすめられて、あげてみた。私の指に噛み付くようにして(血が出た・笑)、食べてくれた。まだ口からのごはんだけではまかなえないけど、大きな進歩だ。
 おとといの夜、ダンナが出張から帰ってきて初めてふたりで三太に会いに行く時、ダンナと私は「パパが帰ってきて、三太、喜んで元気になるよ」と思う反面、「もしふたりでいって、三太が『パパも来てくれた。これで安心だよ』と行ってしまったら、どうしよう」と揃って行くのが少し怖かった。でも、三太はパパに会えた喜びを力にしてくれた。私たちが帰って間もなく、上半身を上げて「フセ」の姿勢のようなことをし始めたそうだ。そんな様子を見て「これならいけるかもしれない」と考えた先生が、柔らかいペースト状のフードを口元に持っていくと、食べてくれたそうだ。先生もうれしくて、私に電話をしようかと思ったそうだが、驚かせたらかわいそうかもしれない、と思いとどまったそう。夜中の2時から3時頃、それまでおとなしかった三太が暴れて、息遣いも荒くなり、このままでは体力消耗でマイナスになる、と考えて、やむなく鎮静剤を注射したら、またおとなしく眠り始めて、それからは私たちが会いに行くまで、ずっと眠りっぱなしだったそうだ。まだまだ「大丈夫」ということではないけれど、それでも、だいぶ安定はしてきているようです。「大丈夫」ということなんて、私はもう望まない、というかそれは不可能なことだと思っている。元気な老犬だって、明日いつ心臓が止まるかわからないし、それは私たち人間も同じことだ。いつ、何が起こってもおかしくないのだから。だから、この目の前の変化を素直に受け止めて、喜びたいです。
 私たちも驚いたのだが、先生がこの調子なら、土曜日の夜にでも一時退院できそうだとおっしゃってくれた(日曜日が病院休診というスケジュールもあるけれど、三太が退院に耐えられないならば、もちろん先生が退院を許すはずがないのです)。もっともっと長い入院を覚悟していたので、もうびっくりで、飛び上がって喜びました。ただし、もちろん、寝たきりなので、排泄の補助、場合によっては自宅での点滴など、土曜日の三太の体調によって、私たちもいろいろな看護を覚悟しなきゃならないけど、三太を再びうちに迎えられ、一緒に暮らせるなら、もう何でもできる。
 昨日の獣医さんからの帰り道はうれしかった。ダンナとふたりで近くの神社に立ち寄って、三太の更なる回復を祈った。それからミスドに寄って、ドーナツをしこたま買った(昨夜から、関西から甥っ子一家が泊まりに来ているのだ。彼らにおみやげ。甥っ子たちも三太の回復を心から祈ってくれている)。三太が全身全霊でがんばっているし、先生ももちろん自分の生活を犠牲にして三太を看てくれているし、まだビールは飲む気分にはなれないけど、ドーナツをひとつだけ食べた。おいしかった。
 写真は昨日の夜の三太。だいぶはっきりと目を開けるようになった。
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がんばってるよ

昨夜の時点で、三太は自力排尿ができるようになった。血液中の肝臓の値も平常値に戻り、腎臓の値も一部を除いてほぼ平常に戻った。ただ、相変わらず意識が戻らない。昨日の夜は、ダンナと二人で会いに行った。二人の呼びかけには反応し、ピクピク動いて、私たちが来たという興奮(たぶん、喜んでくれているのだと思う)のためだと思われるが、一時的に息も荒くなった。今までは水分も栄養も点滴しか受け入れず、口からは一滴も飲めなかったが、昨日は注射器(スポイト)のようなもので水を落とすとこくっと飲めるようになった。すごくうれしかった。食事はまだ流動食であっても危険なんだそうだ。水なら肺に入っても問題ないけど、流動食が肺に入ると肺炎を引き起こす恐れがあるので、焦ってはいけない。少しずつだけれど、いい兆候が増えていて、獣医さんからの帰り道も気持ちが明るくなった。

写真は転院した夜の三太の様子。この頃は自力で排尿できなかったので、尿カテーテルを入れて、尿を出していた。病院内は非常に清潔に保たれていて、安心してお任せしている。先生は毎晩三太に付き添ってくれている。夜9時から10時までは別の先生に任せて、ご自宅に戻られ、シャワーなど浴びて家のことをして戻られる。私も自主的に先生の時間に合わせて行動してます(私にはそれくらいしかできない)。
がんばれ、三太!!
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入院からのこと

皆さんからの心からのあたたかい励まし、祈り、本当にありがとうございます。そんな祈りと獣医さんたちの懸命の治療に支えられて、「いつどうにかなってもおかしくない」と言われながら、3晩、三太はがんばってくれています。いまだに状態は予断を許さず、相変わらず危篤であることは変わりないのですが、日曜の夜から比較するといい兆しや変化があります。詳しい状況は素人の私にはわかりませんが、面会に行っている感じからすれば、良くなっているという実感を得ています。一昨日の夜は私が会いに行った時も、昏々と眠っていましたが、昨日の夜はたまに薄目を明けて、足や尻尾をあげて、私の呼びかけに反応しているように思えました。聞こえているのかもしれません。午後にはようやくダンナが戻ってきます。三太は小さな体で全身全霊でがんばってくれました。

日曜日の夜、タクシーで向かった急患受け入れの病院では、三太を見るなり、先生が「ひどいな」とおっしゃいました。口の中が乾ききっているのは脱水がひどく進行している証拠でした。無知を悔やんでも悔やんでも悔やみきれません。熱も非常に高かった。すぐに点滴を始め、レントゲンと血液検査をしました。レントゲンの所見では臓器に異常はみつかりませんでしたが、血液検査はぼろぼろでした。腎臓と肝臓の状態を示す数値が、異常値を振り切っていました。多臓器不全というに等しいような状況です。完全看護の入院が決まり、先生は「最善の努力を尽くすが、明日の朝まで持つかどうかはわかりません。覚悟をしておいてください。」をおっしゃり、万一の場合の延命措置の度合いの希望の確認もされました。私は病院に一晩残ることができるか聞きましたが、治療に専念するためにも、飼い主さんは今夜はお宅で待機してください、と言われました。三太のにおいがしみついた私のTシャツ。三太を感じならがら、ひとりで乗るタクシー。泣いても泣いても悔やみきれませんでした。
 その晩は枕元の携帯に神経が集中していて、びくびくびくびくしていました。もし、電話がなったらどうしようと、悪い方にばかり想像が膨らんでしまいました。けれど、電話はなりませんでした。がんばってくれたのです。
 翌朝、開院前に主治医の先生に連絡を入れ、昨夜の状況を説明して、三太が転院に耐えられれば、転院したいことをお願いして、三太のいる病院に向かいました。意識はありませんでした。それから、おしっこも自力ではまったく作れないほど、まだ腎臓の状態が悪かった。熱は下がりました。先生と相談の結果、20~30分程度の移動なら、なんとか三太も耐えてくれるだろうということで、かかりつけのお医者様に転院することになりました。近くて、三太のことをよくわかってくれている先生の方が私も安心です。たった一晩、初めての患者で重体だったけど、こちらの先生も誠心誠意尽くしてくださったと思います。タクシーを呼んでくださり、昨晩からのカルテやレントゲン写真を持って、その足で、三太を抱いていつもの獣医さんへ向かい、入院しました。
 主治医の先生もショックを受けておられました。普通こんなに急激に状態が悪化することは稀なんだそうです。小さい頃からお世話になっているこの病院に戻れて、少しほっとしました。先生も精一杯努力します、と約束してくれました。あとは、三太の生命力に期待するだけです。
 幸いにも三太はよくがんばってくれています。今現在、点滴をした分のほとんど全量が尿として出るまでに回復しました。数値的にはまだまだ非常に悪いのですが、それでもこれは一縷の望みです。けれど、現在の悪い数値であっても、普通なら意識は戻り、立ち上がることはできるはずなんだそうです。三太の体の中で何が起こっているのかは、先生にもわからないそうです(もちろん、いろいろな検査をすればある程度はわかってくるのかもしれませんが、老齢の三太にそのような検査が耐えられるか、また、必要なのか、という問題が深くかかわっています)。いずれにしろ、私の居ない3日間でここまで状況が悪化するのは普通ではなく、徐々に体内で変化が起きていたと考える方が自然ということです。ここのところ先週と先々週と2回ほど、私は三太を連れずに獣医さんに夜中の夜鳴きや興奮を抑える薬(サプリメント)をもらいに来ていました。その時は徘徊や夜鳴き以外に三太の健康上の異常をまったく感じていなかったので、私ひとりで病院に相談に行ったのです。もし、その時に三太を連れてきていたら、異常をみつけることができたのかもしれないでしょうか?とたずねました。しかし、飼い主さんから見て健康上の異常がなく、相談内容が徘徊行動だけであれば、通常血液検査まではしません、とおっしゃられました。
 主治医の先生をはじめ、病院の先生方は本当に一生懸命がんばってくれています。獣医さんとは、本当に自分の生活を犠牲にしなければできない仕事だと身をもって知りました。シビアな人は日曜日に私が電話を入れたときに、先生の方でももう少し察知できなかったのか、と思う向きがあるかもしれませんが、私には無知な自分を責めても、先生は責められません。ありがたく、感謝してもしきれません。

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出張から帰ってからのこと

日曜の夜に三太が急患として入院して以来、ひとりでめそめそ泣いているばかりでした。しばらくはブログも書けない、と思っていましたが、今朝になってようやく自分なりに落ち着いてきました。三太も入院以来、「いつ何があってもおかしくないです」と言われながら、がんばっているのだから、がんばらなければ。

 出張に出るまでは三太の変化はなかったです(今から主治医の先生と考えれば、ここ2ヶ月くらいの間に少しずつ体の中で異変が起きていたのでしょう。5月に全身を検査した折にはまったく健康でした)。食欲もありました。出張の朝、出かけようと三太を抱いて階段を下りている最中に、服の上からおしっこをたっぷりかけられてしまい、大慌てで服を着替えてでかけました。いつもと変わらぬ風景でした。 
 土曜日の午後、家に戻った時、三太は相変わらず実家の中を徘徊していました。私の留守中、夜中もほとんど眠らず、夜鳴きをしていたそうです。食欲もなく、預けていったいつものごはんはほとんど食べなかったといいます。私は帰るなり、「ママ、帰ったよ。三太、お留守番してくれてありがとうね」と抱きしめると、何か急にスイッチが切れたように、すうっとおとなしくなって、眠ってしまいました。そんな三太の様子をみて、父も母も「あんたには違うのよね。私たちも精一杯かわいがっているのに、違うことがわかるんだね」と言っていました。一つ気になったのは、いつもはきれいなピンク色をしてしっとりと濡れている舌が、黒っぽく変色していて、乾いていることでした。変だな、と思いながら、一過性のものなのかな、とそれで見過ごしてしまいました。
 その晩は、やはりごはんを全然食べてくれませんでした。好きなチーズなら食べるだろうと口元に差し出しても、まったく食べてくれず、どうしちゃったのかな、と思いました。けれど、まだその時点で私は、いつもと違う環境下におかれての一時的な変化という認識しかできませんでした。三太の興奮はさめずに、一晩中徘徊しながら吠えていました。私は眠れなかったけど、出張中は二晩深い眠りを得ていたので、平気でした。夜中に私が気づかぬうちにふとんの上に二度、大量ではないおしっこをしました。夜が明けた頃、一度外に連れておしっこやうんちをさせようと思いましたが、おしっこもうんちもせず、歩いてはくれませんでした。その日は私も休みをとって、自宅で三太が落ち着くように三太中心にゆっくりしようと決めていたので、朝からのんびりと三太の様子を見守っていました。朝方は家の中を徘徊していましたが、次第に足が立たなくなってきました。疲れすぎかな、と思いましたが、いつもと様子が違うように感じました。朝からごはんも食べず、ろくに水も飲みません。脱水が心配で口の中に氷をいれてやりました。そのうち、まったく足が立たず、うわごとのように吠えながら、寝たきりの状態になってしまいました。息遣いも荒く、苦しそうです。以前からぴくぴくと眠りながらからだを動かすことがよくありましたが、この日はそれが少し激しかった。それが、いつものものなのか、ひきつけのような病的なものなのかが私は判別できず、でも、「何かおかしい、変だ」という不安がどんどん膨らんできました。この日は日曜日でかかりつけの獣医さんは休診です。でも、不安でいてもたってもいられなくなり、お昼過ぎに休診を承知で電話してみました。幸いにも三太の担当の先生がいらしたので、状態を伝えました。先生は3日くらいならごはんを食べなくてもそれほど心配をすることはないのではないか、との見解でした。私も三太の様子が本当に異常なのか、それとも興奮が引き起こした一過性のものなのか、区別がつかず、不安でしたが、明日の朝までこのまま安静に様子をみようということになりました。後でものすごく後悔しました。このとき、「絶対変だから、診てやってください」と強引に診察してもらうべきだったのです。そうしたら、きっとあそこまで悪くはならなかったんじゃないか。
 午後は三太の状態はどんどん悪くなって行きました。寝たまま苦しそうな息をしながら、口の中は相変わらず、乾いていました。鳴き声も出せなくなってきました。脱水が怖くて、氷を口に入れたり、抱いてからだを起こして、水を口元にもっていくと、少しは舐めてくれましたが、いつものように元気よくは飲んでくれません。
 6時頃、「これは絶対に変だ」ともう一度かかりつけのお医者様に電話をしましたが、すでに留守番電話になっており、どなたもお出になりません。コールバックを期待して、三太の状態が悪いので診て欲しいと伝言に入れました。でも、待っている時間も不安なので、夜間・急患を受け入れてくれる獣医さんを調べ、タクシーで行けば20分ほどもあれば行けそうなそれなりの施設を持った病院を見つけ、三太を抱いて出かけました。父も母も出かけているらしく、実家は誰もおらず、出張先の主人にだけ、急患を受け入れてくれる病院に連れて行く旨連絡をしました。
 意識もなくだらりと全身の力が抜けた三太を抱いてタクシーを拾おうと大通りで立っていると、はす向かいに住む三太の親友のひなちゃんのママが偶然自転車で通りかかりました。ひなちゃんのママに会って、私の緊張の糸が切れ、涙がぼろぼろ出てきてしまいました。変わり果てた姿の三太を見て、ひなちゃんのママは驚き、「どうしたの?しっかりするのよ、がんばって」と励ましてくれました。私の涙腺は壊れてしまい、タクシーの中でも脱力した三太を抱きながら泣きっぱなしでした。なんでもっと早くなんとかしなかったのか、三太はどうなってしまっているのか、色々な思いがあふれて涙が止まりませんでした。

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三太

三太の容態が急変しました。昨夜から入院しています。昨日の夜、「今晩中も危ないです。覚悟しておいてください」と言われていましたが、何とか持ちこたえてくれました。けれど、依然危篤状態が続いています。ダンナは6日まで出張です。せめて、ダンナが帰るまでがんばってほしい。三太、がんばれ。
 コメントのご返事と記事の更新、毎日私が楽しみにしていた皆さんのブログへのコメントがしばらくできないと思いますが、ご容赦ください。

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無事帰途につく

無事帰途につく
今朝は5時前起き。全ての予定が無事終わり、帰途につく。あっという間の三日間。海辺の仕事は想像を越えて楽しかった。終わってほっとした。

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本日も晴天なり

本日も晴天なり
クラゲ多し。

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