« もうすぐおうち | トップページ | ジム再開・残暑見舞い »

さよなら、三太

三太は8月10日日曜日、午後8時頃、亡くなりました。15歳と9ヶ月でした。私とダンナが見守る中、ろうそくの火が消えるように、静かに穏やかに息を引き取りました。このブログを読んでくださっている方々にはずっとご心配をいただいていたと思います。なかなかその事実を報告する気持ちになれず、時間をいただきました。生前、三太と私たちへのあたたかい励ましにどれほど助けられたかわかりません。三太にもその励ましは届いていたと思います。本当にありがとうございました。

 先週の土曜日(9日)の午後4時に、予定通り退院し、念願のおうちに戻りました。親子3人揃っての水入らずの一夜を過ごすことができました。けれど、それが三太の限界だったのかもしれません。本当によくがんばってくれたと思います。そして、三太なりにすべてのことを考えて、あの日を選んで逝ってしまったんだと思います。出張中の私を待ち、ダンナを待ち、ちょうど帰省中だった妹一家とお別れもできました。息を引き取ったのが、日曜日の夜だったのも、翌日の月曜日の朝までがんばってしまうと、また入院をさせられるかもしれない、と考えたからかもしれません。私たちは三太が心配でこの夏は恒例のささやかな小旅行も行かないつもりでした。うちで三太と少しのんびりできれば本当にそれで良かった。充分幸せでした。でも、三太は「パパ、ママ、もういいよ。忙しい秋になる前にのんびり息抜きしておいで。また休めなくなるよ」と考えてくれたのかもしれません。
 息を引き取ってから、内気な三太のただひとりの親友だったひなちゃんと、ひなちゃんのママにも会ってもらいました。ひなちゃんのママは自分のことのように一緒になって三太の死を悼んでくれました。
 翌日の夕方には区内の寺院附属の動物霊園で亡骸を荼毘に付し、埋葬してきました。人間でいう四十九日に当たる日くらいまで、遺骨を自宅に置いていて、その頃改めて埋葬したら、と言われましたが、遺骨がうちにあるといつまでも泣いてしまいそうなので、その日でお別れしてきました。本当にしっかりとした骨でした。丈夫な子でしたから。

この一週間、三太がいなくなってしまったという事実に少しずつ慣れてきました。子どものいない私たち夫婦にとっては子どものような存在だった三太でした。あまり人なれしない(そこだけは本来の柴犬気質を受け継いでいました)、内気で怖がりで、まぬけで、その上「受け口」で、「犬」という商品としてはまったく売り物にならない子だったかもしれませんが、何もかもひっくるめて、全部がいとおしく、文字通り唯一無二のかけがえのない存在でした。私たちの結婚生活2年目から現在に至るまでの約16年間、生活の中にいつも三太がいました。三太が死んで、最初の3日間は三太のことを思い出してはダンナと三太の思い出を話し合って、泣いてばかりでした。抱っこの感触がまだ生々しく腕に残っていて、三太が同じ空間にいないことが信じられず、思い出しては泣いたりため息をついていました。ボケてからの三太は家の中を徘徊して、狭い隙間にはまりこんでは後ずさりができずに助けを求めたり、ごはんも待ったがきかなかったし、トイレ以外の場所でおしっこやうんちをしてしまったり、夜中に起こされたりで、いつもいつも三太のことが頭から離れず、世話は大変でした。それでもかわいかった三太にあたりこそしなかったですが、そんな世話にちょっとでもうんざりしたことを後悔したりしました。でも、縁あってうちにもらわれてきて、多分、三太は幸せに思ってくれていたと思っています。皆にも本当に愛されました。家族や知っている人からはもちろんですが、年をとってからのさんぽでは、本当にたくさんの見知らぬ人から励ましの声をかけてもらいました。見知らぬ人からの「かわいいね。がんばってね!」という声かけに、私たちも本当に幸せでした。
 いつまでもめそめそ悲しんでいるのは、三太も喜ばないと思います。もうそろそろ立ち直らなければ。今頃三太は空の上でお父さんやお母さんやお兄ちゃんと走り回っていると思います。辛い治療から解放されたんだから、喜ぶべきことなのかもしれません。でも、やっぱり三太がいないうちの中はさみしいです。
 三太、16年間、本当にたくさんの愛情をありがとう。三太に出会えて、一緒に暮らせて、本当に幸せだったよ。きみを通して、犬はもちろんだけど、生き物の存在のいとおしさを教えてもらいました。どうか安らかに眠ってください。そして、空から見守ってね。三太と暮らした楽しい日々は絶対忘れません。いつまでも、大好きだよ。
 ありがとう、さようなら、三太!
Photo_3 Photo_4 Photo_5 Photo_6 Photo_7 Photo_8 Photo_9 Photo_10 Photo_11 元気だった頃の三太の写真もいくつかのせようと選んでいましたが、どれも捨てがたく、結局アルバムにしました。サイドバーからご覧になってください。

|

« もうすぐおうち | トップページ | ジム再開・残暑見舞い »

三太」カテゴリの記事

コメント

三太くん、会ったことのない私にまでいつも温かい気持ちをくれました。
最後までパパママ思いの三太くん、心のつながったお別れだったんだね。

ぽんすけさん、15年と言う歳月のいかに大きいことか。
三太くんがうちの娘と同い年であることを思うと、簡単にペットとのわかれと言って済ますことなんかできない、ともに暮らした人生が思い起こされることとお察しします。
どうか、力を落とさないで、大事な思い出が一つ増えたことを胸に、歩んでください。
私は三太くんのことが大好きだったこと、三太くんを思うぽんすけさんを大切に思っていることを三太くんに伝えてください。

投稿: ふくpi・おふう | 2008年8月16日 (土) 13時53分

夫の実家では昨日がお盆の送りの日でした。位牌を仏壇の外に出して3日しばしの滞在をしてもらったおうちから、行灯の火で一緒に連れ立ってお墓にお送りしてきました。

1週間更新がなかったので、予感が半分、三太くんとの時間が少しでもたくさんあればよいけれどと思ったりしていましたが、三太くん、精一杯がんばっておうちに戻って、みんなにご挨拶してから力尽きたのかな。がんばったよね。一度も会うことができなかったけど、その存在は忘れられないです。16年近く。自分の16年前を考えたら20代半ばだもの・・・その長い時間を一緒に暮らしたことを思うと、ぽんすけさんご家族の気持ちは想像を絶する寂しさ、悲しさだと思います。

悲しみはすぐにはいえないと思うけれど、残された家族で労わりあって、また穏やかな日々に戻れますように。その穏やかな時間の中で、いつも笑顔で三太くんのことを語れるようになれば、三太くんもきっとしっぽを千切れんばかりに振ってそばにいてくれると思います。あんまり三太くんに心配をかけちゃだめですよ。

投稿: kero | 2008年8月17日 (日) 10時47分

三太くん、最期までけなげでしたね。
前足に貼られた、点滴のばんそうこうが痛々しい。よく頑張ったね。
念願のお家にもどって、パパママとの時を過ごしてから旅立ったのね。お空には、三太くんの兄弟やお父さんもいるなら、寂しくないかな・・・。パパママと離れて悲しいけど、お空からパパママをしっかり見守ってくださいね。いつも気持ちは一緒だから。

ぽんすけさん、長い歳月を過ごした三太くんとのお別れ、心中お察しいたします。結婚2年目から今日に至るまで・・・子供と同じだよね。三太くんのいない悲しさ寂しさは、なかなか消えるものではないけれど、思い出を大切に徐々に立ち直っていってくださいね。三太くんは幸せに暮らして、パパママに見守られて逝ったのだから。きっと笑顔でお空で走りまわってますよ。

投稿: Ravenna | 2008年8月17日 (日) 19時52分

ご心痛、お察しいたします。
私も今春、父を亡くしたばかりです。
まだ心の痛みは残ったままです。
一日も父を思い出さない日はありませんが、
悲しんでばかりいることを父は望んでいないと思い、
少しずつ笑顔を取り戻そうとしています。
ぽんすけさんも、どうか、ご自分を責めずに、早く立ち直ってくださいね。
三太さんも、きっとぽんすけさんが笑顔を取り戻すことを願っていると思います。
よく頑張った三太さんに心配をかけぬよう、お体、ご自愛ください。

投稿: ぴろろ | 2008年8月18日 (月) 09時10分

三太、よく頑張ったね。最後に家に戻って来られたのは、決して偶然ではなく、三太と、そして家族皆の想いによってだとつくづく思う。ママとパパと家族の待つ我が家に帰りたくて、まさに奇跡とも言える力を三太は発揮したのだと思う。 紛れもなく家族の一員だった三太とのお別れは、そう簡単には癒えないでしょう。でもこれからは痛みもなく、皆の心の中にずっと生き続ける。悲しい別れではあるけど、残された家族で、ゆっくり受け入れられるようになることを祈ります。三太も空から見守ってくれています。

投稿: ゆっち | 2008年8月18日 (月) 09時24分

おふうさん
ありがとう。三太にはちゃんとおふうさんからの伝言を伝えました。
そうか、とまとちゃんと同い年なんだね。
人間ならば、あんなに大きくなって、母から少しずつ離れていく年頃だね。
うちはいつの間にか私やダンナの年を追い越して、年取っていきました。
子犬の頃はもちろん愛らしかったし、ツーカーで気持ちが通じた長く続いた大人の犬の時期・蜜月時代は言葉と心が通じるようで楽しかった。
けど、老年期はもっといとおしかったです。


keroさん
お盆の旦那様のご実家へのお参り、お疲れ様でした。
旦那様のお父さん、お母さんもお二人がお参りに来てくれてうれしかったと思います。
ご実家の猫ちゃんも元気でほっとしました。
実は厳密に言うと甥っ子たちやほかの家族と帰宅した三太が会えたのは、息をひきとってからでした。
「三太があやしい」と思ってからすぐに「おかしいから、会いに来てやって」と連絡したんだけど、間に合いませんでした。
長いようであっという間の16年間だったです。
ペットと思ったことはなくて、いつも家族でした。
もう、めそめそしないよ。三太のためにも。
楽しかった日々はいつまでも心の中にあるしね!


Ravennaさん
犬との暮らしはこの上ない喜びを私たちにくれるけど、いつか必ず来る別れがこんなに悲しいとはね。
「その時にならないとわからない」とこういう日が来ることをあまり考えたことがなかったし、私たちにはかなり急なお別れだったから、辛かったです。
でも、やっぱり三太に出会えたことは私たちにとっては人生の中でも大きな大きな幸せの一つだったと思います。
Ravennaさんのプーニーちゃんはまだまだ若くてうらやましいです。
これからも仲良く幸せにね!
たくさん愛してあげてくださいね。


ぴろろさん
ぴろろさんもお父様の新盆だったんですね。
お父様が亡くなられたときは本当にお辛かったでしょうね。
でも、ほんと、いつまでもくよくよめそめそしていても、逝ってしまった人は喜ばないですよね。
ともに過ごした日々を胸に、新たな一歩を踏み出そうと思っています。
三太はきっと空の上で、楽しそうにかけまわって、地上の私たちを見ていると思ってます。
三太に出会えて本当に幸せでした。


ゆっち
どうもありがとう。
そうね、きっと三太のがんばりは皆の気持ちにこたえてくれたんだと思う。
年齢的には充分天寿を全うしたし(でも、私たちは「成人式」を目指してたの・笑)、治療の苦しみはもちろん、ボケのせいでうちの中をわけもなくぐるぐる回って、あっちこっちにごちんごちん頭をぶつけたり、狭いところにはまって身動きできずに助け求めることもないんだから、三太はそういう苦しみから解放されたんでしょう。
きっと三太は私たちと同じように「ここのうちにもらわれてきて、幸せだった」と思ってくれていると思うんだ。
そう信じられるくらい、大事にしました。
三太のためにも、もうめそめそしないよ!


投稿: ぽんすけ | 2008年8月18日 (月) 12時24分

大切な三太君との、お別れ…。
ぽんすけさんご夫婦の悲しみが伝わって来ます。つらかったね。

今は、無理に頑張らなくていいよ。
三太君と過ごした日々を、たくさん思い出してあげて下さい。
素敵な思い出達が、いっぱい涙を連れて来ても、今は泣いていいと思うよ。
少しつづ“時”が、その悲しみを癒してくれると思うから…。
三太君も、ぽんすけさんの笑顔が大好きだったと思うから…。


三太君へ
頑張ったね。えらかったね。
パパとママ、大切な人達に見守られて、旅立って行ったんだね。
2人が、三太君を抱き締めてあげる事は出来なくなってしまったけれど、これからも、いつでも一緒だね。
しばらく、お空の上でゆっくりしたら、またパパとママの様子を見に来てあげてね。

投稿: ゆみこ | 2008年8月18日 (月) 12時38分

ゆみこ
どうもありがとう。
ゆみこのあたたかい気持ちが伝わってきました。
「こんなにさみしくて悲しくて、癒えることがあるのだろうか」と思っていたけど、日一日と静かな気持ちになってきてます。
やっぱり最初の3日くらいはダンナとともに三太の思い出話をしては、二人でしょっちゅう泣いてました。
自分でも哀しみを抑えても仕方ないと思っていました。
でも、ちゃんと落ち着いていくんですね。
さっきはダンナと母と笑いながら三太の昔の笑い話をしました。
いわゆる病的なペットロスにはならなくて済みそうですから、安心してくださいね。
三太は会ってもいない私の友人にまで好かれて、幸せな子です。

投稿: ぽんすけ | 2008年8月18日 (月) 17時52分

この記事へのコメントは終了しました。

« もうすぐおうち | トップページ | ジム再開・残暑見舞い »