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一ヶ月

Imgp4935 三太がいなくなって、今日でひと月が経ちました。一ヶ月前はまだ夏の真っ盛りでした。今朝は毎朝飲むミルクを初めて温めて飲みました。あっという間だったのか、長かったのか。いまひとつ、実感がありません。もうめそめそすることはないけれど、三太がいないということに、いまだに慣れません。三太を思い出さない日もありません。さんぽも、世話もなくなって、生活時間がぐんと楽になりました。夜も一度も目覚めることなく、朝まで眠れるようになりました。だけど・・・やっぱりさみしい。ありきたりにしか、表現できないのが悔しいけれど。三太の世話ができることが、どれだけ幸せだったか、と思います。
 この3日間、三太が死んじゃってから初めてのダンナの泊まりの出張でした。いつもの出張は、ダンナがいなくても、三太がいました。三太がいたから、ひとりでもひとりじゃなくて、三太とよくしゃべっていました。ひとりで食事して、ひとりでふとんの上で横になると、「ああ、三太はもういないんだな」とひしひしと感じました。
 お昼にちょっと時間ができたので、三太を葬って以来初めて、お花を買って三太のお墓におまいりをしてきました。三太はきっとさみしい思いなどせずに、家族や友達と天国を駆け回っていると思います。

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三太」カテゴリの記事

コメント

これが三太くんのお墓なのか、共同墓地なのね。
三太はぽんすけさんちに来てほんとにほんとに幸せだったと思うし、今も幸せな気分でいると思うよ。
私は家で1人でいることがとても好きだけど、それはいずれ家族が帰ってくるってわかっているからこそだもんね。
さあ、ダンナさんをやさしく迎えよう、お互い(笑)

投稿: Chicago Guy | 2008年9月10日 (水) 15時34分

お盆前のことだものね。あれから季節が移りましたよね、たしかに。
こうやっていつもいつも思い出してもらえる三太くんはやっぱり幸せだなあと思います。これからさらに、楽しくて笑えるできごとを思い出すほうがもっと多くなると思います。

↑帰ってくるからこそ、一人も楽しくて好き。うーん、納得です。
私もやさしく迎えてあげるように心がけま~す(笑)

投稿: kero | 2008年9月10日 (水) 18時57分

Chicago-guyさん
そう、共同墓地なの。
個別のお墓もあるけれど、ひとりぼっちがきらいだった三太には仲間と一緒の方がさみしくないだろうと(隣のまるめやご近所のわんちゃんもここにいるの)。
個別のお墓だと、いつまでもいつまでも供養しないといけなさそうで、永久にひきずりそうだし。
そこは人間と違うかな、と思ってさ。
三太の生まれ故郷の松本に骨を持っていこうかなとも思ったけど、色々考えて、やっぱりいつでも会いにいける地元がいい、と決めました(分骨も考えたけど、母が分骨はあまりよくない、っていうので)。
埋葬の仕方とかは当日、霊園に行ってから説明されて、うんと悩みました。初めてだしね。
こういうこと、動物に限らず、考えておくべきと思いました。
ダンナとは三太がいなくなってから、かえって会話が増えました(笑)。
ふたりとも愛情が三太に集中していたかもね。
ダンナが帰った昨日は夕飯、ちょっと豪華にパエリア(生協のパエリアセット)にしました~。


keroさん
ダメですね。いつまでもひきずったら。
いまだに母が三太を思い出して涙を流すので、そのたび私は「だめだよ、泣いちゃ。三太が心配しちゃうよ」と言うのですが。
悲しいとか、泣くとかとは違うんですけど。
この前亡くなった赤塚不二男さんの長女のインタビューをニュースで見ました。
お父さんがガンで大腸を食道に移植しなくちゃならないとき、お嬢さんがめそめそ泣いてたら、「そんなこと(移植)したら、口からうんこでちゃう」とおどけて笑わせたそうです。
悲しみや苦しみを何でも笑い飛ばすパワー、すてきですよね。
人のことは絶対に笑い飛ばしたくないですが、自分の苦労は笑い飛ばして受け止める赤塚さんのように大らかな人間になれたら、と思います。
そう、一生懸命やったし、一生懸命生きたんだから、「これでいいのだ!」ですよね。


投稿: ぽんすけ | 2008年9月11日 (木) 11時24分

立派なお墓で眠っているんですね。
お友だちと話したり、駆け回ったりしていることでしょう。

私も父がいない実家がちょっと不思議です。
自室にいて、食事の用意ができたら、下りてくるような気がしてなりません。
お墓参りでも、その場に父の姿がないのがはやり不思議ですね。
まだ、慣れませんが、いつしか慣れてしまうのかな。
私も父のことを考えない日は、まだ一日もありません。

投稿: ぴろろ | 2008年9月11日 (木) 14時27分

ぴろろさん
お父様にはいろいろな思いがあるでしょうが、やはり家族なんですね。
「不思議」という気持ち、すごくよくわかります。
私も何だか三太がいないのが不思議というか、変な感じです。
ずっと一緒に暮らしてたんですから、当然のことなのでしょうね。
犬の三太に対してそうなんだから、お父様なら、なおのことでしょう。
私は父や母が死んでしまうことが想像できません。
三太が元気だった頃、三太が死んじゃうことも想像できなかったです。
父や母だったら、どうなっちゃうのかな、と思っています。
きっと時間が癒してくれるのでしょう。
ゆっくり待ちましょう。

投稿: ぽんすけ | 2008年9月11日 (木) 18時45分

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