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有無を言わさぬ勉強も大事かも

 先日の福井の物産展を巡って思い出したこと。keroさんとkeroさんの故郷福井の話をしていた時、「うちのそばの大きな川」とkeroさんが言ったので、「九頭竜川?」って聞いたら、「よく知ってるね~」と驚かれた。
 「福井平野・九頭竜川」はセットで覚えていた。そもそも小学校5・6年生の時の担任の先生が日本中の主たる「平野と川」をたたきこんだもの(でももうほかのは地図でも見ないと思い出せないわ・・・)。それ以外も日本の地図を覚えさせて、フリーハンドで白地図を描かせるとか、山脈・山地を諳んじさせたり、日本史年表の語呂合わせを覚えさせたり、ひらがな・カタカナの書き方から始まって漢字を含めた鉛筆習字をさせたり、すごくユニークな勉強をさせた。去年の暮れに小学校の図書室に入った時の日記にも、その先生の「図書の時間は、有無を言わさず偉人伝のみ読ませる」話を書いたな。先生は水兵さんをやっていたみたいで、体育の時間のいでたちはいつも水兵さんの服だった。そういう先生の人生もあっての、そういう教育だったのかもしれない。
 今の時代なら問題になりそうな先生だったかもしれないけど、こういう有無を言わさぬ勉強が私の一部を作っていることは間違いないです。

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出来事あれこれ」カテゴリの記事

コメント

そうそう!そんなマイナーな川の名前をどうして!?って驚いた(笑)

学校の授業じゃないけれど、私の育った地域は百人一首が盛んなところで、小学生の5,6年生は全員冬は百人一首。もちろん全部暗記となるわけで、高校の古文ではちょこっと役立ちました。それはやっぱり自分の大切な一部となっていることを思うと、ぽんすけさんの書いていることも納得です。

そういう、先生の人生の一部みたいな自由な授業、今はむずかしいのでしょうね。

投稿: kero | 2009年1月28日 (水) 17時12分

小さい頃に叩き込まれたことって大人になっても覚えてるんだよね~私には1つもないけど(笑)手抜きだらけの人生なので…。
それにしても水兵さんの格好って、どんだけ古い先生!?
有無を言わさぬ勉強はいいはずです。

投稿: Chicago Guy | 2009年1月28日 (水) 23時35分

有無を言わさぬ、とういか、とかく批判されがちな「丸暗記」ってのも、ものによりけり。もちろん、暗記だけじゃだめなんだけど、国語(特に古文)なんかは、暗記、暗唱ってだいじですよね。
トヨタマの古文は誰でした?私は、角田先生に、平家物語暗記させられたけど、今も結構覚えていて、昔の言葉のリズムや響きの美しさを覚えました。百人一首なんかも大好きです。

歴史の年号や、白地図も、どこかで自分の引き出しに入っていたら、いつか、「ああ、これだ!」って思うこともありますよね。

それに、「学ぶ」は「真似ぶ」。

真似するって、クリエイティブじゃないようなイメージがあるけど、子供が言葉や技術を獲得していく過程って、まさに、「真似ぶ」なんですよ。そのなかから、自分のなかで消化したり蓄積されたりして、新たなオリジナルがでてくるのかな、なんて、仕事してた時の体験からも思います。

元水兵さんの先生、面白いですね。
なんか、今の教育の現場って、子供だけでなく、先生方も、縮こまっているようで、憂うべきかな、って思います。

投稿: ヘッジホッグ | 2009年1月29日 (木) 00時21分

keroさん
あの時突然記憶の引き出しが開いたの(笑)。
keroさんの百人一首はブログにも以前書いていたね。
私たちも百人一首は流行りまして、競って暗記しましたよ。
やっぱり高校の修学旅行で奈良に行く時、万葉集をテーマに旅したので、その時にはうたの意味を咀嚼し直した気がします。
keroさんは今習っていらっしゃるお習字なんかにも通じる世界ですよね!
私はこの日本地理を覚えさせられたり、日本地図を書いたことが、きっと私の旅好き(なかなか出かけられないけど・・・)・自然好きの根本のひとつにあるような気がします。
子どもの頃は意味もわからず覚えていても、その後の人生で「あ、あの時の・・・!」「そうか、あれってそういう意味だったのか」と思うことが結構ありますよね。


Chicago guyさん
私もあれだけ毎日あれこれ暗記させられて、宿題出されていたけど、もちろん結構忘れてしまっていて、「もったいないなあ」って(笑)。
Chicago guyさんは学校の先生には恵まれなかったのかもしれないけど、Chicago guyさんは手抜きなんかしてないよ!
だって、夜通し話して飲んで大笑いできるクラスメートがちゃんといるんだもの!
それが、先生と学校がChicago guy先生にのこしてくれたものだね。
何より大事なものだね!
私の担任をしていた頃で結構いいお年(小学生にとってはお父さんとおじいちゃんの間くらい)だとその頃は思っていましたが、まだ生きていらっしゃいます。


ヘッジホックさん
私の高校の古文の先生はたしか太田先生と森先生でした。
どっちも古文の世界の思い出はなく、特に森先生はくだらないことをずっとしゃべって、テストの直前になるとあわててあんちょこ配るっていうかなりいい加減な授業で(苦笑)。
でも、高校ってこういう世界なんだ~!って革新的に思いましたよ、それはそれで(笑)。
「真似ぶ」!語源はここなんですね!
物事はすべて真似から始まる、いきなりオリジナリティーは出来ない、と大人になってからつくづく感じました。
今もその途上です・・・。
この日記、つい先日のヘッジホックさんの日記(里山の子どもたち)の記憶も糸口になっていると思います。
真似ることは遠回りだけど、「近道を教えない」ってことにも通じますよね。

投稿: ぽんすけ | 2009年1月29日 (木) 15時04分

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