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母とのメール

 4月末に父と母が携帯を買い替えた。ふたりとも携帯を持つようになってからもう数年経っているのに、電話をかけること・受けることがやっと(アドレス登録なんかはいまだにあやしい)で、メールのやりとりなんかはしていなかった。父はもともと携帯が嫌いだし、だからメールを使う気などさらさらないし、父に輪をかけてメカオンチの母は、たまにマイブームのようにメールの仕方を教えてくれというので教えても、その場限りで継続したメールのやりとりをしないので結局またすぐに忘れてしまう。今回買い替えた携帯(もちろん、らくらくフォンです)はそれまで父や母が使っていたらくらくフォンにはなかったデジカメもついていて、母は俄然使ってみたい気分になったらしい。また、使い方を私やダンナにあれこれきいてきた。でも、使わないとまた「私たちに聞く→使わない→忘れる→また私たちに聞く→使わない→忘れる(以下省略)」の繰り返しなので、ふと魔が差して(苦笑)母に「あたしでいいから、毎日メールを送りなよ」と提案した。で、5月4日から始まった母との毎日のメールのやりとり。夜、私が自宅に戻ってから、母から(母が忘れている時は私から)メールを送り、返信をする。ごく短いメールだけど、私はなるべく絵文字や写真を添付したカラフルなメールを送って母を刺激して、最初は文字だけだった母も絵文字が使えるようになってきた(笑)。
 そして、メールを交換するようになって、私は母の知らなかった一面を知りました。「今年のGWは母さんが○○家に嫁に来て以来初めて○組もお客様がみえて、○○さん(うちのダンナ)とあなたのお陰だとお父さんと話しました。ありがとう」というメールには私、はずかしながらいろんな気持ちが溢れてきてしまいました。母はおおざっぱなどんぶり勘定の人で、そんなこと(GWの来客数)なんて記憶してっこない、と勝手に思っていました。文章書くのも苦手だと思っていたけど、母からの短いメールにはセンスもある。話すより書く方がうまく自己表現できる(「カエルの母はカエル」でした・笑)。メールのやりとりをしなければ、私は気付いてあげられなかったと思いました。そして、そういう母の美点を永遠に知らずにいたかもしれないと思うと、怖ささえ感じました。
 私は母に何も理解されていない、と悶々と苦しんで泣いたこともあったけど、私も母を理解していなかったのでした。私の知らない母。母の歴史。少しずつでも知りたいです。母と子とはいっても、違う人間同士。互いを理解しあう、ということは何にも代えがたい欲求だと思います。

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コメント

ふふふ。おもしろいというか、ハッピーなエピソードが携帯電話でもたらされたんですね~。近いけど遠かった人に大接近は感動ですねえ。絵文字が増えたお母さん、がんばってますね(笑)

うちは父がメールを始めてから、ちょろっとやりとりしてたけど、「こんにちわ」で始まり「でわでわ」と終わるのがおかしくて。「ではでは」は、弟の口ぐせなんですよー。それと、小学生の頃、夏休みの宿題ドリルに「こんにちは」と私が書いたのを母が勝手に「こんにちわ」に直して赤ペンで×がついて返ってきて激怒(小学生なりの)したんだけれど(爆)、父はそんなこと覚えてないんだなーなんて思ったりしてね。

「ベランダ・サラダバー」の日の追加コメントが同じ時間でしたねー。笑いました(笑)

投稿: kero | 2010年5月12日 (水) 15時56分

keroさん
お父さんとのメール、お母さんのエピソード、ほのぼの読んじゃった。
ほんとね、子ども心にとても頭にきたこと、いまだに記憶の残っているエピソードも、父や母は覚えていないかもしれないなあ、いや、案外覚えてるかも、とも思っちゃった、私の場合は。
「わかっている」と思ってもわかってないこと、思い違い、親子でもいろいろあるんだろうな。
大半はお互いに心の中にもやもやしつつ、別れていく気がする。
仕方ないなと思いながら、悪いところはもう今さら見てみぬふりして、いいところだけ、新たに発見していけたらな、と思いつつ。
いつまで続くかわからないけど、母との毎日のショートメール交換、続けていくつもり。

投稿: ぽんすけ | 2010年5月13日 (木) 13時32分

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