今読んでいる本をめぐってつらつらと

今読んでいる本は村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」(文藝春秋刊)というエッセイだ。

走ることについて語るときに僕の語ること Book 走ることについて語るときに僕の語ること

著者:村上 春樹
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する


「新刊が出たら必ず読む」というまじめなファンではないけれど、村上春樹の作品や作風は若い頃から好きで、結構読んでいる。この本は最近新聞の読書欄かなんかで本屋さんに勤める人が夏休みに読んで欲しい一冊に挙げていたので、図書館で借りてみた。村上春樹と言えば数々のフルマラソンを走る小説家としても知られているけど、この本は彼の個人史的な色合いが強いエッセイだ。この人がこれほど自分のことを語るとは、ちょっと意外な気がした。走ることによって彼が獲得してきたものや考え方など、私の感覚になじむというか、腑に落ちる箇所がたくさんあった(私は村上さんのようなとんでもないハードな努力はしていなけど)。
 村上春樹といえば、この本でも書いているけど、小説家になる前はジャズバーを経営していた。そこで出す料理は村上春樹自身が作っていた。そのせいもあって、彼の小説にはよく料理が登場する。たいていは主人公が冷蔵庫にある材料で手早くさっと作るのだけど、それがどれもとってもおいしそうなのだった。私もそれに触発されて、小説に出てきた感じを思い浮かべたりしてサンドイッチやパスタを作った。そんなことも楽しみの一つだった。世の中にはそういうことを楽しむひとが結構多いみたいで、レシピ本(もちろん、本人が書いたものじゃないけど)も出ている。

村上レシピ (ゴマ文庫) Book 村上レシピ (ゴマ文庫)

著者:岡本 一南
販売元:ゴマブックス
Amazon.co.jpで詳細を確認する

でも、彼の書く料理はレシピを見ながら作るのはちょっと「ムードじゃない」と思う。レシピなんか見ないであくまでささっと、臨機応変に手際よく。まさしく私の理想です。脱線するけど、料理については、村上春樹(と料理を作る主人公)にも憧れたけど、義姉にも憧れた。義母ははっきり言って料理下手で私たちが実家に帰っても料理を作らないほど料理が好きじゃないんだけど、義姉はその義母を小さい時から支えてごはんを作る係りをしていたそうだ(ダンナの実家は昔牧場を経営していて、父や母は休みなく働き忙しかったという事情がある)。忘れられないエピソードというか、私が「義姉のようになりたい!」と思ったエピソードは、義姉の東京での友人たちを招いての結婚披露宴の後(義姉夫婦は私たちより後に結婚した)、義姉夫婦のうち(当時二人は披露宴会場から歩いて帰れる都内の高級住宅地のごく普通の(笑)マンションに住んでいた)に親しい友人数人とともに招いてくれた。披露宴の後で疲れているだろうに、ダンナさんが義姉に「腹減ったよ~。ちょっとそば、茹でてよ」と軽く言ったのだ。義姉は文句も言わず、「はい」とさささっと乾麺のそばを茹で、茹でている間に刻んだ薬味の小皿と出来合いの濃縮そばつゆと冷たい水を添えて、「どうぞ」と出したのだ。この何の気負いもなく、ごく自然な義姉のサービスに私はこの時、「すてき~!私もそうなりたいし、そうありたい!」と思ったのだ。まだその域には全然達しないけど。それ以外にも、キャリアウーマンでグルメの義姉が我が家の食卓にもたらした食材は多い。けれど反面、舌の肥えた義姉夫婦への贈り物や実家に帰った時に台所に立たねばならない時(私は下ごしらえに徹することにしてます)にはいつも悩まされるのだ・・・。

関係ありませんが、サイドバーに私の励みとしてカレンダーをつけました。断ビール記録とダイエットの成果などを記入しようかと思っています。見なくても結構です(笑)。

| | コメント (3)

海からの贈り物

「海からの贈り物」という本を読んだ。著者は20世紀の初頭に大西洋単独無着陸横断飛行をして名声を得たリンドバーグの夫人、アン・モロウ・リンドバーグ。海辺での小さな小屋で一人、2週間の休暇を過ごす中で、「生活、人生、人生を構成している仕事や人間関係のバランスなどを、もう一度ひとりで考えてみるために書き始めたもの」というエッセイである。書かれたのは1950年代ということで、少し過激な女性運動のニュアンスなど、現代には合わないところもあるけれど、この本に貫かれている哲学は少しも古びておらず、逆に当時よりはるかに煩雑な生活を生きなければならない現代でこそ大切にすべき思想が込められたエッセイだと思う。夫の成功、子どもたちの世話、自分の仕事など、忙しい毎日に疲れたリンドバーグ夫人の海辺での休暇。私の究極の理想(けれど、その域には絶対に達せない・・・)、「シンプルに生きる」ことに気持ちよさに癒される。
曰く「・・・どれだけ多くではなくて、どれだけ少ないもので暮らすか」
>「わたしの生活に、またひとつ何か・・・・・仕事であれ、何であれ・・・・・を加えたくなった時に「それはほんとうに必要なものか?」を自分に問いかける。
曰く「・・・わたしたちは結局、みな孤独である。ひとりでいるということを、もう一度はじめから学びなおさなくてはならない」
>「ひとりでいる時間は、一生のうちでもきわめて重要な時間である。ある種の原動力はわたしたちがひとりでいる時にだけ湧いてくる。芸術家は創造するために、作家は考えを深めるために、音楽家は作曲をするために、そして聖者は祈るために、ひとりにならなければならないことを知っている。そして女は、自分の本質をふたたび見つけ出すだめに、ひとりになる必要がある。いろいろな人間関係の欠くことのできない核になるような固い結び目は、そうやって見いだした自分というものであるのだから」
「・・・こういった飢えは、自分がなくてはならない存在であると感じるだけで、満たされるものではない。母乳が豊かに出るためには、栄養が必要であるように」

こんな充実した思いと、キッパリとした潔さが自分にできるかどうかははなはだ疑問だけど、こういう気持ちを少しでも自分の暮らしや意識に根付かせることができればいいな、と思った。

| | コメント (3)

グレートジャーニー・「ぐるりのこと」・あれこれ考える

 昨日の夜、大好きな関野吉晴さんのグレートジャーニーを放送していた。関野さんは私の理想の男性だ。どんな過酷な旅にも決して屈せず、どんな土地の人にも昔からの友人のようによりそうように静かに溶け込んでいる。どんな人も拒まない、包み込むように優しくて、それでいて個の強さを感じるまっすぐな曇りのない笑顔。いつ見ても素敵な人だな、と思う。昨日の旅路の中で、左足の指先が奇形して肥大化して、痛くて夜も眠れないという少女と出会った。先天的な奇形であれば外科手術をすれば治るが、後天的なものであれば悪性の骨肉腫である可能性が高い。医者である関野さんの診察を受ける彼女の硬直した悲しい目と表情が印象的だった。結局関野さんは彼女が気がかりで、地元の専門医に彼女の状態を診てもらえるように手を尽くし、結果、彼女の腫瘍が先天的な良性のものであることが判明し、彼女は手厚い看護のもと無事に手術を受けることができた。専門医が彼女の腫瘍が良性であると判断を下した時の関係者全員の晴れ渡るような安堵の笑顔、手術を終えて退院する時の少女の別人のように柔らかな笑顔もまた、至極印象的だった。国境や民族、言語や文化を越えた感情と表情。
 
 
 最近読んだ梨木香歩さんのエッセイ「ぐるりのこと」。民族間の紛争や対立をめぐる思い、加速度をつけて二極化が進む世界のことが書いてある。深く共感する箇所がたくさんある本だったけど、特に印象的だった部分。昨日のグレートジャーニーを見ながらもう一度読んでしまった部分。

「たいていの場合、個人や集団の中で混沌としていたものが、その対立関係がその境界が、にわかにクリアーに突出してきたような気がする。さあ、おまえはどっちなのだ、と日本は迫られ、個人も迫られ、そのたびに重ねていく選択が、知らず知らず世の中の加速度を増してしまう。いいとか、悪いとか、そういう二分法ではないところで、私たちはうかうかとこの世界の加速度を増してゆく何かに荷担していってしまう。(中略)ただ、わかっていることは、クリアーな境界に、ミソサザイの隠れる場所はないということだ。蛇の隠れる場所もないかわりに。・・・」

「(ドミノ倒しのストッパーを例に)・・・その間隔内で悲劇が起こっても、他の部位に伝染させないためだ。ダイレクトに加速を伝えない、絶縁体のような役割をする。理解の難しい異言語の存在を、私たちはもっと敬虔かつポジティヴに受け止めてもいいのかもしれない。」

「かつてないほどグローバルなこの時代に生み出された、知れば知るほど違いが浮き彫りになり、嫌悪感が増す、という、どうしもようもなく生理的にアンヴィヴァレンツを基軸とした、人種憎悪の巨大な負のエネルギーは増大するばかりではなかったか。民間のレベルで言えば(中略)親和的に共感を育む、ということには必ずしも言語を必要としないのではないか。」

(以上、梨木香歩著「ぐるりのこと」新潮社刊・より)

言葉って難しい。使わなければ伝わらない。けれど、言葉を尽くして話し合っても、努力しても、お互いの違いがより明白になるだけで、かえってお互いの距離が離れてしまうことも、ある。

| | コメント (2)

雪うさぎ

080203小さい頃、日曜の夜に見ていたカルピス子ども劇場。番組の途中のCMでかわいい雪うさぎのアニメーションとともに流れた雪うさぎの歌。やさしいお父さんうさぎとかわいい子うさぎが歌ってくれる歌を、今も雪を見ると思い出し、口ずさむ。

   うふるん うふるん 雪うさぎ
   うふるん うふるん まっしろな
   雪降る夜は 雪うさぎ
   真っ白 真っ白 ラリラリラりラリ
   うふるん うふるん 雪うさぎ
   雪降る夜には

何しろ小さな時なので、歌詞は違っているかもしれないけど、こんな歌だった。

そのカルピスの子ども劇場(たしか途中からスポンサーが変わってしまった)は名作「ムーミン」から始まって、その後、「アンデルセン物語」や「山ねずみロッキーチャック」「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」「あらいぐまラスカル」「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」など、珠玉のアニメーションを放映してくれた。今日、雪が降り続いて久々に思い出したのは、「アンデルセン物語」の中の「雪の女王」だ。雪の女王に連れ去られた少年カイを連れ戻しにいく少女ゲルダのお話。雪と氷の冷たい世界。雪の女王のお城がきれいで、こわくて。
 子どもの頃に親しんだ童話をもう一度読んでみたくなった。
 

| | コメント (4)

アオスジアゲハ・すてきなエッセー

070721 家の前のビルの入口に大きな楠があるんだけど、夏になると楠が好きなアオスジアゲハがこの木のまわりをよく飛んでいる。結構すばしっこくて、高いところを飛んでいることが多いので、よく見かける割には「シャッターチャンス!」と思うことが全然なかった。昨日の日暮れ時、三太とさんぽから帰ると、家の前にアオスジアゲハが死んでいた。初めて撮ったアオスジアゲハがなきがらというのも悲しいけど、一応撮ってみた。ブルーがきれいで、一度見たら忘れられない、特徴あるアゲハチョウだ。

今朝読み終わったよしもとばななの「バナタイム」は著者のあたたかく、豊かな人生観にあふれるとてもすてきなエッセーだった。「豊饒」という言葉が思い浮かんだ。色々、書き留めておきたい箇所があったけど、「意外な幸せ」という章の最後を書き留めておこうと思う。

 「風呂もわかせない古いマンションに越す、十数人と海で共同生活をする、コーヒーも飲めない暮らしになる、押入のない四畳半で過ごす、などと聞いただけで気持ちが暗くなるものだが、幸せはどんなところにも無尽蔵に待っている。これまでのそういうことを思うと、全然無理して前向きに考えなくても、意外にもいろいろなことが楽しく思える。何かができないということは、他の何かがそこにあるっていうことなんだと思う。」
(よしもとばなな著「バナタイム」より)

| | コメント (3)

買った図鑑

最近買った日本のカエル(とサンショウウオ類)の図鑑(松橋 利光著)と、昆虫記(今森 光彦著)。どちらも写真が豊富ですごく見ごたえがある。昆虫記は図鑑ではなく、私たちのごく身近に暮らす昆虫の生態を観察することを主眼にしている。動物や昆虫の世界は知らないことだらけ。子どもの頃持っていた図鑑は、写真ではなくて精巧な絵で描かれていて、それはそれで大好きだった。飽かず眺めていたことを思い出す。見開きのページの中で、「この中では~♪、コレ!」という自作の歌を歌いながら、好きな生き物を指差す遊びをよくしていた。
 2冊とも著者の生物に対する深い愛情を感じます。私に子どもがいたなら、と思いました。
070702

| | コメント (2)

明日は返却日

図書館から借りていた本は明日が返却日だ。「龍の契り」はまだ2分の1くらいしか読み終えていない。江國香織の「赤い長靴」は自分たちにだぶり、身につまされる。同じ感覚を持つ人っているんだな、と思う。こちらは寝る前に読み終えた。読み終えなかった本はもう一度借りて読みきろう。
 若い頃は平気で返却日を延滞してたのに、今は守らなきゃと気が小さい。何事につけ。

| | コメント (0)

久々の青空

久々に気持ちよく晴れて、暖かくなった。掃除(結局昨夜はビール飲んだら面倒になって、掃除しなかった。飲む前にすべきなのは重々承知!)とふとん干しをして、すっきり。今日が借りている本の返却期限だったので、図書館へも行った。前から気になっていた森絵都の本がようやく1冊だけあった(「いつかパラソルの下で」)ので、借りてみた。借りてみたいな、という本はやはり予約をしないとだめみたいだ。面倒くさくて、結局偶然出会えるのを時間を掛けて待つ、というのが常。その他借りたのは、好きな江國香織(毎回大体何かしら借りている)や、初めて目にとまった前川麻子という作家の本。最近は「読んでみようかな」という本をあまり時間を使わずパパっと選べるようになった。慣れるまでは、選べなくて困った。選ぶ、というのも訓練だな、と思う。直感力が養われる気がするんだけど。読むのは遅い方だし、時節柄読む時間がなかなかとれないけど、読む本が手元にあるのは何かうれしい。知らない世界、空想の世界、そして自覚の世界への扉。

 
 

| | コメント (0)

ドラ声

のど風邪気味だったことと、昨日今日と声を出しすぎで、ガラガラ声になってしまった。明日までに治るかな?

今、読んでいる本は村上龍の「コインロッカー・ベイビーズ」。とてもハードでヘビーでグロテスクな描写が多いけど、面白い。私には初めての村上龍だ。村上春樹は好きでずいぶん読んでいるけど、龍の世界はちょっとコワそうで、若い頃は読む気がしなかった。けれど、ずいぶん昔にTVでやっていたトーク番組「Ryu's Bar~きままにいい夜(確か、サブタイトル、こうだったよね?)」の村上龍はどんなゲストにも柔軟に対応できる素敵な男の人、という印象で好きだった。もう少しで上巻を読み終わる。昨日上巻を読み終わりたかったのに、行き着く前に睡魔に襲われた。くやしい!ますます不思議な展開に引き込まれています。

| | コメント (0)